トムヤムのオッサン日記 a.k.a たなか雄一狼

トムヤムのオッサンの生き様である。

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新たなる旅 ちょっと長いで。

まいど。




久しぶりやな。





暑い日々を、フラフラしながら生きてまっせ。







今日は、自分なりに新たなる意志表明というか。


人生の中で一つ区切りの時期が来たというか。






そういう今の自分の感覚を書いてみたいなと思って。








先日行われたニワトリ★スターの出版記念パーティー。




限定での募集やったけど、全国各地色々な所から参加してくれた皆には感謝してるで。




お客さんも。


関係者も。



ホンマにおおきに。





ニワトリ★スターを事実上で書き始めて五年くらいの月日が経つ。




構想から考えたら10年近いかも。笑



ほんで出版の話が始まってから2年以上やな。




時折、ニワトリ★スターについて触れてきた事もあるし、長い間待ってくれてたヘッズも多い。




ホンマにお待たせしたな。




今の時代に沿った形で、電子書籍という始まりやけど
自分なりにも未来を感じる部分が現実的に出てきたから、俺も電子書籍という感覚に触れ始めた。




紙の本が良いのは当然やけど、結局、音楽でも本でも、それがデジタル化されたとしても、
その向こうには作者やアーティストという血の通った人間が生み出した作品があるわけやから。



MP3がよりレコードが良い、紙の本が良い。


当然、こだわりがあれば、良い部分は当然あるけど、それだけでもないなと。



作者としてはな。



音はもう少し露骨に違いがでるところもあるけど、
一般の人が音楽を聞くぶんには、殆ど違いが耳で分かるような話でもないかな。笑



そういう事を言いたくなる時代なんやと思うけどな。


デジタルではなくアナログ感の価値観。


特に具体的なこだわりもなく、そういう事を言う人も増えたけどな。笑



後はそれぞれの感覚だけやな。




そういう形式の差はあるけど、作品という魂も存在するという事も伝えたいなと。





執筆の苦労話をしても、読者の皆にはあんまり関係ない話やと思うけど、
今日は少しだけ語らせてもらうな。







自分自身、ニワトリ★スターの執筆を振り返ってみたら、
”祈り”に近い感覚があったかもしれん。



俺は無宗教やし、信仰の対象もない。



遠い昔に実在したご先祖さまや、実際に顔も知ってる爺ちゃんや婆ちゃん。



両親や家族。



仲間や俺なりに愛する人間達。




不安定で矛盾だらけの人間として生きていき



心という得体の知れない感覚と常に共存して、
刻一刻と変化し、揺れ、悩み、不安定な要素も多く。



簡単に言えば、オッサンはそんなに強い人間ではないから、自分なりに苦しむ事も多く。


自分の弱さを知ってるから、”強い”と言えるところもあるけど、それも時と場合で。




日々、悩み苦しんでるわ。





その中で、出版の話が決まるまでは、ホンマに「俺はこんなもん書いてどないするんや?」って
自問自答を繰り返してた。



出版という”目的”や”目標”があれば、それなりにモチベーションが上がるやん。


それが人間やしな。

目的は人間の行動を生み出す根底やと思うし。


それがない時期は、作品を生む苦労だけじゃない苦しさも多かった。



ほんで出版の話が具体化した時の喜びは大きかったけど、
そこからが本当の苦しみが始まる時やった。




商業ベースで作品を出すという事のハードルの高さ。

出版界という人生初のフィールドで。



でも、そこでの2年間は自分にとってかけがえのない日々やったわ。


ほんまに成長させてもろた。


色々な人に励まされ、支えられた。




ほんでニワトリ★スターを誕生させることが出来た。



今の自分の全てを、この作品に封じ込めた。


心の闇も、汚さも、コンプレックスも。


ゲロみたいに。


それを商業作品というレベルまで、
出版社のボスや、苦労を共にしたパートナーの意見に耳を傾けて、自分なりに磨き続けた。


処女作で、まだまだ未熟で不安定やと思うけど、この数年感の自分の全てを吐き出した。



社会で起きる様々な残酷で醜い出来事。



「事実は小説より奇なり」という言葉が相応しい。



前に幼児虐待についての想いを書いた事がある。

大阪の堀江で二人の幼児が、母親に放置されて餓死した話や。

惨い事件なんかなんぼでもある。

日本という国も深刻な状況で。政治やなんやかんやも含め。

せやけど、オッサンはそういう大きい事は正直分からんねん。

答えも出えへんしな。

でも、なんかこの幼児の餓死事件は消化出来へんかっててん。

その二人の子供の為にとか、そういう感覚でもなく。

やり場のない憤りを感じる、俺と言う一人の人間からの自己満足的な復讐とか弔いとか。

「お前らの死は、もうどないしようもないけど、忘れてへん人間がここにおるぞ」って。

せやけど、どんな気持ちで、その子らが死んだんやろなと思ってな。

オッサンのやり方で勝手に弔ってやろって、その時に自分だけで誓ったんや。

俺の自己満足として。俺自身の救いとして。

”優しい人”みたいなエエ話やないで。

そういう狂った人間の世界に対しての”一つの復讐”みたいな感覚やわ。

意味なんかない。


心の悲鳴みたいな感じや。


それも執筆の原動力の一つやった。




そういう時代を生きるフラストレーションや、やり場のないネガティブな感情。


救いを求める感覚、アホな事から、希望まで。



執筆とは全く無関係な、一人の人間としての苦悩。



エゴの塊。



この作品を読んで、なんでもエエから自分のエネルギーを感じてもらえたら、嬉しい。



オッサンという”一人の人間”が生きている証しなんや。




人の為にやってるわけじゃないねん。



そういう事を簡単に口にする、商業表現者も多いけど、そういうのには飽き飽きしてるんや。笑

そんなもんには、引っかからんでと。笑

「口当たりの良い優しさ」みたいなんを全面に押し出して、パフォーマンスに利用して、結局は金儲けみたいな話で。


”リアル”とか意味の分からん感覚を語るわりには、結局それやろみたいんも多いからタチが悪い。笑




アーティストなんか基本的には、キチガイみたいなもんやん。


その異常なエネルギーに対して、お代を頂戴するんやから。



キチガイでいるためのご褒美というか。笑




ニワトリ★スターは一人の表現者として、人間としての排泄物やから。


心であり、内蔵であり、卵であり、ウンコであり、感性であり。




あとの評価は、皆が決める事や。




しょうもないと思う人もおるやろ。




ニワトリ★スターが売れて人気が出るのは大歓迎。



売れなかったら、しょんぼりするとこもあるけど。

でも全く後悔はないわ。


これは断言できる。




自分が生きた証しを一つこの世に残したから。




喜怒哀楽以上の感情を感じて、執筆して。


愛という得体の知れない感覚にも救われ。




ニワトリやないけど、”オッサンの卵”が生まれた。笑






ほんで一人の人間として節目を迎えた。

8月4日は、1日早いテリーの七回忌やった。


長いような、短いような6年間やった。




あいつがいなくなって、色々な事を感じさせられたし、学ばせてもろた。



色々な縁も繋いでもろた。



前にも書いた事があるかも知らんけど、オッサンはテリーの葬式にも通夜にも行かなかった。

行かなかった。

行けなかった。

行きたくなかった。

行く勇気がなかった。


全部ホンマやと思う。



それによって、テリーという一人の人間の死を”情報”として頭で理解しても、
”体感”するという過程を逃し、自分の中で終わりのない変な感覚が生まれた。


その良さもあるかも知らんけど、苦しみを味わう事の方が大きい気がする。


テリーがいなくなったという感覚が、最後の別れをした人と、していない人では感覚の差があるやろなと思う。



特に身近な人間であればあるほど。



葬儀に行かなかった事は、ほんまに誤った判断やったと思う。


色々な意味でな。


49日に顔を出させてもろた時に、テリーのお母さんから
「きょうの参列者の名簿に雄一郎さんの名前があって、オバちゃん嬉しかった」って一言を聞かせてもろた時にも、
ほんまに後悔した。

そういう残された人達の気持ちもあるんやなと。

幼稚な自分を恥じた。


ほんでこの数年感、テリーの死を認識する為に、大切な過程を飛ばした事によって生じた欠落感を埋めるために、
俺なりの葬式をやってきた。




トムヤムサムライとして、バンコクの大きなフェスに参加させてもろて、正念場のカバーを歌った時。


たなか雄一狼という一人の音楽アーティストとして0831で歌わせてもろた時。


ほんで新たなる挑戦として、文章という表現でニワトリ★スターを出版し、
この前の出版記念パーティーをさせてもろた時。




これで、俺の中で一つのケジメをつけた。


テリーの先輩として。

同じ表現者として。



あいつに胸を張れる。

人気はあいつの方があると思うけど。笑

表現としては「まだまだ俺には勝たれへんぞ」って。笑

勝手に思って、勝手に挑戦状を叩き付けてやった気分や。





ほんで、これが一つの、お別れの時や。


また一歩踏み出す時が来た。


あいつの事は、これからも想い出すと思うで。


せやけど、そこから一歩踏み出せない自分がおった。


なんかテリーの死を言い訳のようにして。



そこから新しい旅に出なあかんなと。




そういう気持ちで、あいつに暫しの別れを告げさせてもろたわ。






まだまだ皆、生きていかなあかん。




一人の人間として、表現者としての苦しみも生きているかぎり続く。



複雑な感情もあるけど、俺には愛すべき人らもおる。



答えなんかないけど、今のところ、「まぁ間違ってないな」と感じれる。


答え合わせみたいな感覚を続ける。


それが生きるという事かなと。





それが、こんな感じや。











84.jpg



ニワトリパー



terrywood.jpeg








これからもロックンロールよろしくな。






























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  1. 2013/08/07(水) 19:48:57|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
<<TYA | ホーム | ニワトリ★スター出版記念 極秘パーティー>>

コメント

おめでとうございます

小説の完成、発売おめでとうございます 


人はどうあがいてもやっぱり一人では生きていかれないですよね

身内、友人、仕事仲間、ご近所さん、顔見知り、居酒屋で隣にいたおっさん  いろんな人に知らず知らずのうちに救われてるんだなと日々思います  
ほんの些細な一言で すごい励まされたり 時には気づかされたりと、、、 長く生きれば生きるほど人の大切さや出会いの大切さ(良いにしろ悪いにしろ)が身にしみてきます 

自分もまだまだこれからなんで人生沢山の吸収と嘔吐を繰り返しあせらず精進していきたいもんです


ニワトリスターの天文学的なセールス祈っております  

またブログも楽しみにしております 

くれぐれもお身体には気を付けて  
  1. 2013/08/08(木) 22:27:34 |
  2. URL |
  3. yutaka #NRjLslhA
  4. [ 編集 ]

OK!
ロッケンロール、夜露死苦。

夏バテしないでね。オッサン。
  1. 2013/08/13(火) 04:48:08 |
  2. URL |
  3. sattinnko #-
  4. [ 編集 ]

Re: おめでとうございます

> 小説の完成、発売おめでとうございます 
>
>
> 人はどうあがいてもやっぱり一人では生きていかれないですよね
>
> 身内、友人、仕事仲間、ご近所さん、顔見知り、居酒屋で隣にいたおっさん  いろんな人に知らず知らずのうちに救われてるんだなと日々思います  
> ほんの些細な一言で すごい励まされたり 時には気づかされたりと、、、 長く生きれば生きるほど人の大切さや出会いの大切さ(良いにしろ悪いにしろ)が身にしみてきます 
>
> 自分もまだまだこれからなんで人生沢山の吸収と嘔吐を繰り返しあせらず精進していきたいもんです
>
>
> ニワトリスターの天文学的なセールス祈っております  
>
> またブログも楽しみにしております 
>
> くれぐれもお身体には気を付けて  



おおきに!
やっと一息つける時が来た。
頑張るでー、
  1. 2013/09/05(木) 00:00:13 |
  2. URL |
  3. トムヤムおっさん #-
  4. [ 編集 ]

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