トムヤムのオッサン日記 a.k.a たなか雄一狼

トムヤムのオッサンの生き様である。

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東北大震災から二回目の夏

久しぶりやな。




皆、元気でっか?




残暑が厳しいなぁ。






オッサンは暫く色々な事をしてた。




その中でも、一人の人間として、表現者として大きな事を学んだ旅があった。



岩手県の釜石という地に行ってきてん。




山本のオッサンの誘われて、去年六本木ヒルズで行われた被災地の支援チャリティーで知り合いになった、
格闘家の平野 仁君が主催するジムに行ってきたんや。



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グラアカ釜石ベース。





仁君は震災や津波の被害で、実家やジム、身内の方やジム生の方を失った。



そしてようやく、新しいジムを新天地に再開させて日々運営にまつわる様々な事で頑張ってるねん。




「ジムが再開する時が来たら釜石に行くな」という約束もあって、
このタイミングで山本のオッサンが誘ってくれて、震災後初めて東北岩手の地に辿り着いた。


山本のオッサンが、そのジムで特別コーチをしたんや。




オッサンは被災地が大変な事は知ってた。


でもそれは、”情報”として,頭の中で”知っていただけ”やった事に気付いた。


現状を目の当たりにして、自分の五感で感じたそれは、テレビやネットで見ていた光景とは違ったわ...。



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被災から1年半が過ぎても、まだまだ先が見えない現状。





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俺らから見れば、のどかな景色。



でも現地の人の目に映る景色と、俺ら見た景色は全く違う。



そこには、地元の人が沢山暮らす家が建ち並んでいた場所やから。


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被害の大きかった地区は、復興の”ふ”の字も感じれない状態やった。建築物だけでさえな。



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言葉を失った。



津波の破壊力。





沢山の人間が命を失った事実を強烈に感じた。



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様々な光景。


刻まれた傷跡。




生と死。



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儚さ。




仁君の回りの仲間の大半の人が、誰かしら大切な人を失ってた。



お腹に子を宿した奥さんを失った人もいた。


肉親や子供、夫や妻、親戚、友達や恋人。


津波で命を失った人が多かった...。



震災の当日や数日間は、この世の景色ではなかったって聞いた。




津波で破壊された建物や車両。


至る所に放置されてままの遺体。



行方の知れない、大切な人を遺体収容所で探し回り。

顔が潰れた知人の遺体を目の当りにする事もあったらしい...。

大切な人の遺体が見つかれば、まだましと思う残された人間の感覚。


大切な人の遺体が見つからない仲間に対する気遣い。

食料を探し。


この世の終わりを思わせる景色の中を彷徨って。







そういう様々な体験を当事者の声で聞き。



俺は言葉を失った。


なんも言えなくなった。



多少、方言があれど、同じ言葉を話し、同じ国で生きる人間が


俺の手を取って、涙を流して、やりばの無い苦しみを吐き出し

「どうしていいか分からないです」と嘆き。


お互いの傷を舐めるようにして、日々を生きるしか無い人達の苦しみや痛みに触れ。


俺はただ圧倒されて。


同情なんて感覚すら湧いてこなくて。



好みは違えど、美味しい物を食べれば、美味しく思い。


楽しい事は楽しく思い、喜びを感じ、笑ったり、泣いたり




俺らと大差もない、同じ人間で、この日本で暮らす人らが、未だに苦しみ

嘆き、途方に暮れながら生きてる事を、実感した。



自分も含め、世間は被災地の事を忘れ始めてる。

何の被害にあってない場所では、原発や放射能の事ばかりが取りざたされてる。


放射能の問題も当然深刻な問題で、これから日本が向き合わないとアカン重要な事やけど、
今回、釜石に行って、被災地の問題と、世間が騒ぐ放射能の問題は全く別やと思った。



大切な人を失い、自分が住んでいた家や、大切なものが”瓦礫”と一言で言われる物に変わり...。


そういう絶望の崖っぷちで日々を生きる人と、
幸運にも被災の影響もない地で暮らす、俺らの感覚が同じ筈が無いのは当然で。



俺なんか、恥ずかしい話やけど、釜石に行く前は
「やっぱり放射能の影響があるから、海のものとか喰うのはヤバイな」とか正直思ってた。




肉親や大切な人を失った人が
「そんな放射能なんか気にしてる余裕なんか無いです。一日一日、自分の心を保ってを生きるのが精一杯で、そんな5年後10年後に何かあるとか言われても、今は何とも思わない。海の物だって喰いまくります」


その言葉を聞いて、何も言い返せなかった。


もし自分が同じ立場やったらと想像したら。そう言うかも知らんと思った...。




確かに放射能は深刻な問題で、軽く考えたら絶対アカンけど、
でも大阪で、それなりに家族や仲間と平和に暮らしてる自分が、被災地で今現在も苦しみ生きる無数の人間の事を
”知らんふり”して生きて、自分の保身だけで放射能の事を考えてた事が恥ずかしく思った。



放射能の問題を取り上げる事も大切な事やと思うけど、
未だに何も復興もせず、苦しみの中でも互いに支え合う”同じ国で生きる人間”がいる事を忘れたらアカンなと思った。

感情で放射能の事はどうでもエエやんけ、なんて言うつもりではない。


ただ、もう少し日本人として考えなアカン事はあるなということ。




福島原発の現状が悪化しているなら、日本国民は何らかの放射能の影響を受けることは免れへんな。

俺は自分の感覚で生きる。

だれも本当の事なんか分からんよ。


今の日本で生きるという事は、そういう事やなとも覚悟した。



極論を言えば、放射能汚染だけを心配して生きるなら、日本から出て暮らした方がエエと思う。


放射能問題を取り上げてる人を否定する気はまるでないで。



ただ自分の発言に責任を持てなく、不確かな放射能についての事をネットでぶちまける素人は、
色々と考えた方がエエと思う。


今の福島の放射能問題について必要なのは、本物の専門家の力やから。


原発の問題はまた別で。



そして被災地の問題もまた別で。






釜石だけではなく被災地の現状を含め、ホンマに日本は大変な状況やと体感したわ。






今回の旅は、俺の人生の中で大きな事を学んだ気がする。





人間の儚さ。


人間の強さ。




想像を超えた苦境の中で、余裕の無いギリギリの毎日でも、お互いに支え合い、激励叱咤し共に生きる姿。



美しかった。



一人の人間として、表現者として大きな成長をさせてもろたと思ってる。


この時期に被災地に出向く運命やったんやなと。

ある意味、この時期に行けて良かったと思う。




被災地では、人の心も含め、復興は果てしなく遠い。



でも、その地でも様々な人が生きてた。


ホンマに人間は強い。



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ホヤの塩辛も、ウニのおにぎりも最高に美味かった。



どんな場所にも花は咲くんやなという事も改めて知った。


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最強のロックンロールを感じた。





大きな意味のある旅に誘ってくれた山本のオッサン、おおきに。


クロちゃん。YUZEのオジキ。お疲れさんです。

一生の想い出になる旅やったね。

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仁君おおきに。お互い頑張ろうや。


そして釜石の皆さんに敬礼。



必ずまた会いましょう。





そして全国のヘッズ。



自分に出来る事の意味を共に考えようや。


























































  1. 2012/09/14(金) 23:56:36|
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